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東京地方裁判所 平成11年(ワ)70183号 判決

原告

株式会社商工ファンド

右代表者代表取締役

大島健伸

被告

甲野二郎

右訴訟代理人弁護士

清木勉

主文

東京地方裁判所平成一一年(手ウ)第一五二号約束手形金請求事件について同裁判所が平成一一年三月二四日に言い渡した手形判決を左のとおり変更する。

被告は、原告に対し、金一〇〇万円及びこれに対する平成一〇年一月一一日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

原告のその余の請求を棄却する。

訴訟費用はこれを五分し、その一を被告の、その余を原告の負担とする。

事実

第一  請求

被告は、原告に対し、金五〇〇万円及びこれに対する平成一〇年一月一一日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

第二  事案の概要

一  本件は、原告が被告に対し、別紙手形目録記載の手形(以下「本件手形」という。)の手形金と利息の支払を求めた事案である。

二  争点(被告の主張)

1  被告から原告に対して根保証限度額(元本限度額)五〇〇万円とする「手形割引・金銭消費貸借契約等継続取引に関する承諾書並びに限度付根保証承諾書」(甲三)、「連帯根保証確認書」(甲四)及び額面五〇〇万円の本件手形(甲一の1及び2)が差し入れられているが、これらは被告が根保証契約の内容を理解しないまま、原告の担当者に記載内容を指示されるままに作成したものであり、原告被告間には原告が本件手形の原因関係と主張する根保証契約(以下「本件保証契約」という。)締結についての意思の合致はなく、本件保証契約は成立していない。

2  被告は実兄であり被告の勤め先の有限会社××(以下「訴外会社」という。)の代表取締役である訴外甲野太郎(以下「甲野」という。)から原告から一〇〇万円借りることになったので保証人になってほしいと依頼され、一〇〇万円の保証であればいざ自分が負担するようなことになっても分割払いなら何とかなると考えて承諾したのであり、被告には一〇〇万円の保証人になるという認識しかなかった。ところが、本件保証契約の内容は、保証人が知らない過去の債務も保証債務の範囲に入っており、また、根保証限度額が五〇〇万円とされ、しかもこれは元本枠であり、利息や遅延損害金については天井知らずで増えても全て保証債務の範囲に含まれることになり、保証期間についても平成七年一〇月九日から五年間とされているが自動更新規定があり根保証期間満了の一か月前に根保証契約を終了させる旨の通知を文書で原告に提出しないかぎり自動更新する等、被告に予想外の膨大な負債を負わせるものである。被告は原告から本件保証契約の右のような内容について全く説明を受けなかったため、単純な一〇〇万円の保証契約であると誤解して本件保証契約を締結したのであり、右誤解は要素の錯誤というべきものであるから、本件保証契約全体が錯誤により無効である。

仮に本件保証契約全体が無効といえないとしても、被告の一〇〇万円の保証意思を超える部分については錯誤により無効である。

3  訴外会社は、平成七年九月中旬、原告従業員須田純平(以下「須田」という。)から一〇〇万円の融資の勧誘を受けていた。被告は、同月下旬、甲野から「商工ファンドが一〇〇万円を融資するということなので連帯保証人になってくれないか。」と依頼された。当時、被告は約三五〇万円の借金を抱え月々の返済に負われていたが、訴外会社の経営者である実兄の依頼であったため、一〇〇万円であれば自分が責任を負うことになっても分割で何とか払える範囲だと考えて保証人となることを承諾した。原告から被告に対し、被告の資産状況に関する確認や調査はなされなかった。契約当日、須田から示された「手形割引・金銭消費貸借契約等継続取引に関する承諾書並びに限度付根保証承諾書」(甲三)及び「連帯根保証確認書」(甲四)等には根保証額として五〇〇万円と記入されていたが、本件保証契約締結時、当時の訴外会社の経営状態の悪さからして一〇〇万円を超える融資はあり得ないことを原告、被告及び訴外会社ともに認識していた。本件保証契約締結当日、原告から訴外会社に対して一〇〇万円の融資が実行されたようであるが、その後、平成九年三月まで追加融資はなされていない。ところが、原告は訴外会社に対し、平成九年三月一四日に一〇〇万円、同年五月八日に二〇〇万円、同年五月二一日に四〇〇万円、同年五月二三日に一〇〇万円、同年五月二九日に二〇〇万円、同年七月八日に二〇〇万円、同年七月九日に三五〇万円を立て続けに貸し付けているが、これは訴外会社や被告の経済的信用によるものではなく、訴外会社吉工務店(以下「吉工務店」という。)が訴外会社のために根保証限度額二〇〇〇万円の根保証契約を締結したからに他ならない。原告の訴外会社に対する追加融資は同年七月九日を最後に途絶えてしまったが、これは工務店の経営者吉光秀が同年七月三一日に急死し、同社の経営が行き詰まったからである。吉工務店は同年一一月一一日破産宣告を受け、訴外会社も連鎖倒産した。原告は、吉工務店の経営者の死亡という予期しない展開に、被告に対して請求するしか方策がなくなり、たまたま被告との間に五〇〇万円を限度とする本件保証契約を締結していたことを奇貨として、被告に対し、右限度額の支払いを請求したのである。しかし、本件保証契約締結当時の実情からすれば、被告の保証債務の範囲は一〇〇万円であったというべきであり、これを超えて請求することは信義則に反して無効である。

第三  判断

一  証拠(甲一の1ないし3、二ないし八、九の1ないし6、一〇、乙一、二、一三の1ないし5、証人須田純平、被告本人)及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。

1  被告は、沖縄で喫茶店を経営していたが、営業がうまくいかなかったため廃業して上京した。被告は琉球銀行から喫茶店の営業資金として七〇〇万円の融資を受けていたが、上京した当時、約四〇〇万円の負債が残存していた。被告は、上京して間もなく、平成七年七月から実兄である甲野が代表取締役を務める訴外会社に入社し、取締役となった。訴外会社における被告の給料収入は月額三〇万円程度(手取)であり、被告はその中から琉球銀行に対し月額約一三万円の返済をしていた。

2  被告は、平成七年九月末頃、甲野から、原告から一〇〇万円を借り入れるが保証人となってほしいと頼まれた。被告は、当時、預貯金や不動産などの財産はなく、右のとおり琉球銀行に対する借入金の返済をしていたが、一〇〇万円ならば最悪でも何とかなると思って保証人となることを承諾した。

3  本件保証契約締結時の状況等について、証人須田純平は概ね次のとおり述べている。

須田は、平成七年四月に原告に入社し、平成八年一〇月まで勤務したが、本件保証契約当時は原告の練馬営業所の営業担当員として稼働していた。須田は、平成七年一〇月九日、訴外会社の事務所を訪問して本件保証契約を締結した。しかし、契約締結時の具体的な状況についての記憶はない。それは、自分が案件担当者ではなく、当時の練馬営業所長でありかつ訴外会社に対する融資案件の担当者であった山口からの指示で同人の代理で本件保証契約の締結をしたためと思われる。一般論として、契約の相手方に「手形割引・金銭消費貸借契約等継続取引に関する承諾書並びに限度付根保証承諾書」(甲三)の手書部分を記入してもらう時、例えば根保証限度額が五〇〇万円の場合には、「最高で五〇〇万円までの保証をします。お借り入れできる限度枠が五〇〇万円です。」という趣旨の説明をしたように思う。「上記根保証金額及び契約内容について承諾致しました。」との文面を記入してもらうときは、文章を紙に印刷して持参し、このように書いて下さいと言っていたと思う。連帯保証人になる人の支払能力については機械を使って、他所からの借入があるかどうかをチェックしていたが直接本人に問い合わせはしていなかったと思う。

4  本件保証契約締結時の状況等について、被告は概ね次のとおり述べている。

被告は、「手形割引・金銭消費貸借契約等継続取引に関する承諾書並びに限度付根保証承諾書」(甲三)、「連帯根保証確認書」(甲四)、本件手形(甲一の1、2)の書類のことを正確に記憶してはいないが、平成七年一〇月九日に訴外会社の事務所において契約書のようなものに署名したり実印を押したという記憶はあり、右各書類に書かれている被告の住所氏名は被告の書いたものに極めて似ており、偽造されたのでなければ自分で書いたのだろうということになる。「手形割引・金銭消費貸借契約等継続取引に関する承諾書並びに限度付根保証承諾書」(甲三)の五〇〇万円という金額や左下の承諾文言は自分で書いたものだが、原告担当者の指示に従って書いたものと思われる。「連帯根保証確認書」(甲四)の根保証金額の五〇〇万円という数字についても同様である。契約締結は訴外会社の事務所で行なわれ、原告の担当者(須田)は一時間くらい居たが、被告は須田と甲野の話の途中で甲野に呼ばれ、三人で話した時間は一五分くらいであり、須田から本件保証契約の内容について説明を受けたことはなく、また、被告が須田に対し契約内容について質問した記憶もない。被告としては一〇〇万円を借りるのでその保証人となってくれと甲野から言われていたので、一〇〇万円について署名し印鑑を押したという記憶しかない。

5  被告は、平成七年一一月くらいまでは訴外会社から月額約三〇万円の給料の支給を受けていたが、その後は訴外会社の経営が悪化したため月額一〇万円ないし一五万円に減額されて生活も苦しくなり、また、訴外会社が甲野のワンマン経営であったことから甲野とうまくいかなくなり、平成八年一一月に退社した。

6  訴外会社は、本件保証契約締結当日の平成七年一〇月九日に原告から一〇〇万円の融資を受けたが、その後は、平成九年三月一四日までの約一年五か月間、原告から追加融資を受けることはなく、また、その間、利息の支払は滞りなくなされたが、元金の返済は全くなされなかった。

ところが、原告は、訴外会社に対し、平成九年三月一四日から同年七月九日までの間に次のとおり合計一五五〇万円を貸し付けた。

(一) 平成九年三月一四日

一〇〇万円

(二) 同年五月八日 二〇〇万円

(三) 同年五月二一日 四〇〇万円

(四) 同年五月二三日 一〇〇万円

(五) 同年五月二九日 二〇〇万円

(六) 同年七月八日 二〇〇万円

(七) 同年七月九日 三五〇万円

なお、原告が右(一)ないし(七)の貸付について被告に通知した形跡はない。

7  吉工務店及び同社の代表取締役である吉光秀は、平成九年五月二一日、原告との間で主債務者を訴外会社、根保証限度額二〇〇〇万円、根保証期間を五年間とする根保証契約を締結した。しかし、吉光秀は同年七月三一日に死亡し、吉工務店は同年一一月一一日午前一〇時、浦和地方裁判所の破産宣告を受けた。そして、訴外会社は吉工務店の破産の影響を受けて連鎖倒産した。

二  以上の事実によれば、被告は本件保証契約の内容を十分に確認しないままに契約締結に至ったという面はあるものの、「手形割引・金銭消費貸借契約等継続取引に関する承諾書並びに限度付根保証承諾書」(甲三)、「連帯根保証確認書」(甲四)及び本件手形に任意に署名押印したことにより契約締結の意思表示をしたことが認められるから、本件保証契約は成立したものと認められる。

被告は、被告が一〇〇万円の保証をする意思しか持っていなかったのであり、本件保証契約の内容を認識していれば本件保証契約を締結しなかったはずであるから要素の錯誤に当たり、本件保証契約は無効である旨主張するのでこの点について検討するに、仮に被告が本件保証契約の内容が一〇〇万円の保証である旨誤信していたとしても、例えば、被告が契約締結時に原告の担当者須田に対して保証範囲が一〇〇万円であることを確認したり、根保証限度額が五〇〇万円とされている理由について説明を求めるなどの事情が何ら認められない本件においては、被告が一〇〇万円の保証をする意思で本件保証契約を締結したことを原告が認識していたことを認めることはできず、被告の右主張を採用することはできない。

次に、被告の信義則違反の主張について検討するに、前記認定のとおり、①被告は甲野から一〇〇万円の保証人となるように依頼されて保証を引き受けた経緯があること、②当時の被告の経済状態は五〇〇万円の保証債務を負担する程の余裕はなかったのに、原告は被告の経済状態について十分な調査をすることなく本件保証契約を締結したこと、③被告が本件保証契約を締結した当日に原告から訴外会社に対して一〇〇万円の貸付が実行されたが、その後は平成九年三月一四日までは一度も追加融資はなされず、その間に訴外会社の経営状態が悪化したことが原因で被告が訴外会社を退社したこと、④訴外会社の経営状態が思わしくないにもかかわらず、原告から訴外会社に対し、平成九年五月から同年七月にかけてわずか二か月余りの短期間に六回にわたって合計一四五〇万円もの多額の融資が集中的に行われたが、これは訴外会社や被告の経済的信用によるものではなく、同年五月二一日に訴外会社の根保証人となった吉工務店及び吉光秀の経済的信用によるものであることが貸付経過から明らかであること、⑥しかも、これらの追加融資について、被告は原告からも訴外会社からも一切知らされていなかったことが窺われること、⑦それにもかかわらず、吉光秀が死亡し、吉工務店が破産し、その影響で訴外会社が連鎖倒産したことから、被告は全く予期していなかった多額の保証債務の履行請求を原告から受けるに至ったこと等の諸事情を総合的に勘案すれば、本件においては、信義則上、被告の原告に対する保証責任の限度は一〇〇万円の範囲に止められると解するのが相当である。

三  以上の次第で、原告の本訴請求は、一〇〇万円及びこれに対する平成一〇年一月一一日から支払済みまでの年六分の金員の支払求める限度で認容するのが相当であるから、これを認容し、その余の請求は棄却することとし、主文掲記の手形判決を変更して、主文のとおり判決する。

(裁判官・深見玲子)

別紙手形目録〈省略〉

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